diary
July 09, 2008
生きている間にインドに行けるもの。
「人間は、二種類に分けることができる。
ひとつは生きている間にインドに行けるもの。
もうひとつは、インドに行けないまま死んでしまう者。
その二種類だ。そして、前者がインドに行く時期は、
その人間の運命的なカルマ(業)によって決定されるのだ。」
多感な中学時代に、多大なる影響を受けた三島由紀夫が、
かつてこう言ったそうだが、わずか二年間の間に
二度もインドに行ったことを考えると、
何か大きなカルマがあるのか運命なのか、
よく分からないが、いずれにせよ何か見えない力が
働いているのかと思ってしまう。
という訳で、愛すべき小川女史の予言ははずれて、
無事に日本に帰ってきてしまったのだが、
二回目のインドはどうだった?と聞かれても、
一言ではなかなか説明し難い。
ただ、二回目だけに、ある程度勝手が分かってて、
恐怖心も無く、本当に適当に行って、適当に帰ってきたってのが、
自由なバックパッカーの旅っぽくって、良かった。
詳しい旅行記は、またいずれ書くとして(まだ前回のも完成してないが)
二回目のインドの旅で出会った印象深い出来事ベスト10だけ書いておこう。
●駅でゴミ箱を探していたら、線路に捨てろ!と優しいインド人が教えてくれた。
●青いゴミ袋をターバンみたいに頭に巻いて雨をしのぐインド人がいた。
●露店で、20ルピー札を渡したのに、10ルピー札しか貰ってない!と言われお釣りを貰えなかった。
●明らかにヅラっぽいインド人が居たので、ヅラだ!って日本語で言ったら振り向かれた。
●クソ暑いインドで、冬用のコーデュロイ・パンツを穿いているインド人を三人見た。
●帰り、デリーまで行くオンボロバスが、知らない町でエンストで止まって右往左往した。
●銀行で両替しようと並んでいたら、ふとしたスキに二人のインド人に順番を抜かされた。
●駅で切符を買おうと並んでいたら、いかついインド人にガン見されながら順番を抜かされた。
●こんな自分に通訳してもらわないといけない位に英語の分からない、
これから一年間もの間インドに滞在するという無謀な日本人がいた。
●やっぱりお腹を壊してしまい、街中の空き地の野良牛たちの横で用を足してしまった。

宿泊したのは、ガンジス河がすぐ横を流れる素晴らしい眺めのゲストハウス。

笛を吹くと、コブラが籠から出来てきた。昔見た、絵に描いたようなインドぶりに感動。

ヨガの聖地、リシケシ絶好のポイント、ラクシュマンジュラ橋。

ここでいつも1杯5ルピー(15円)のチャイを飲んでた。手前の禿げ親父はいつ行っても居た常連客。

ほぼ毎日通っていたラクシュマンジュラ橋すぐ横のお気に入りのカフェ、ジャーマンベーカリー。

ラクシュマンジュラ橋下のガード。インド人は普通に沐浴しているが、水は驚くほど冷たい。

ガンジス河の川縁に座っていると、東洋人がめずらしいインド人の子どもたちが寄ってきた。

通ってたヨガニケタンってアシュラムの瞑想する建物。

ヨガニケタンの一日のスケジュール。

宿泊していた、ヨガニケタンの道向かいにあるゲストハウス外観。一泊350ルピー(約1050円)。

ど派手なインド人が、額に赤い印をつけてくれた。そしてのそのあと「マニ!(金)」だって。

通っていた露店に毎日居たオジイ。しかし、何する訳でもなく一日中立っているのだ。

ガンジス河のほとりで毎日行われるシヴァ神を讃えるヒンズー教の祭り。

リシケシと言えばこの眺め。トラヤンバクシュワール寺院とシュワルニワス寺院。

ヨガニケタンの入り口。毎日通ってた露店から撮影。

リシケシからハリドワールまで行くバス。汚すぎ。しかしインドではこれが普通。

ハリドワール駅の時刻表。なんとか読み取って、切符を買おうとするが・・・。

ハリドワールからデリーへ行くバスが、途中でエンスト。日本に帰れないかも!ってマジで焦った。

デリーに着き、真っ先に行ったマック。ベジタリアンな一週間から解放され、肉を食べる。

デリー・メインバザールでラッシーを飲む。15ルピー(45円)美味しかった。

よく食べてたインドの定食・ターリー。40ルピー(120円)。さすがにカレーばかりは飽きた。

インドから日本へはなんとファーストクラス。食事も料亭なみ。ご飯はコシヒカリの炊きたて!
skmt | 18:11 | diary | Comments(0)