diary
February 05, 2010
多世界解釈
「噂の刑事トミーとマツ」
って覚えてるだろうか?
知ってる人は年がばれる。
別に彼らが登場したのには
なんの脈略もないのだが、
そのトミーとマツの前にある箱が置かれてるとする。
その中には猫が居ることには間違いがないのだが、

それを見て、トミー(国広富之)はこう言った。
「箱の猫はきっと死んでますよ」
マツ(松崎しげる)は反論した。
「バッキャロー生きてるに決まってるよ!」
つまり、意見が異なり
2つの仮説ができた。
A:猫は死んでいるという仮説(トミー説)
B:猫は生きているという仮説(マツ説)
そこで、
マツがこう言った。
「おい、四の五の言ってないで空けてみようぜ」
「そうですね。」とトミーが手を掛けて空けてみると・・・。
・・・空けてみると猫は死んでいた。
つまりトミー説が正しかった訳だ。
トミーが誇らしげに
「ほら、死んでたでしょ?」
と言うと、マツは、意外に冷静な顔をしてこう言った。
「今は確かに死んでいる。しかし、この中に居た時には
生きていたかもしれないだろ。つまりだ、
俺たちが生きているか死んでいるかと言い合いしていた時の
真実の状態はもう誰にも分からないってことさ。」
トミーは眉間に皺を寄せながら、
「先輩、なに屁理屈言ってるんですか・・・」
本当にマツったら、往生際が悪いわね。
・・・ってな話ではなく、
これは、ちょっと前の日記で触れた、
[エヴェレットの多世界解釈]
を、トミマツに登場してもらって紹介したのだ。
つまり、
一般的な解釈では、観測者が箱を空けた瞬間に、
AかBかが明確になった時点で、箱をあける以前の猫も
AかBかが定まる。
ところが、
多世界解釈をすれば(量子力学の不思議な考え方だが)、
箱を空ける前に、[猫は生きている]と考えた観測者は、
箱を空けていた時に、猫が死んでいたとしても、
それ以前のことを立証できない。
また、[猫は死んでいる]と考えた観測者は、
箱を空けていた時に、猫が死んでいたとしても、
それ以前のことを立証できない。つまり、
直前まで生きていたかもしれないのだ。
要するに観測者は、
箱を空けて猫を観測する以前に、
自分がどちらの世界にいたのか
知ることは出来ないということだ。
こんな謎かけというか、禅問答みたいなことが
量子力学の世界では平然と考えられていることに驚愕した。
この(言うなれば)緻密な考え方と、
アインシュタインのような、
巨大な(ブラックホールとか、光速とか)考え方の行き着く先が、
宇宙は、マルチバース(ユニバースの対義語)で、
多次元世界に渡って存在するパラレルワールド(並行宇宙)である、
とされていること、そうまるで、アセンションとは、次元を上昇し、
違う世界に行くという、いわゆるスピリチュアルな考え方に
近づいているというか、理屈としても矛盾が無いということに
なんだかすごく興味深い訳だ。
skmt | 17:52 | diary | Comments(0)