フジヤマ ミッチー 爾霊山 グゲゲ 幸福な 背番号 異常 Cafe


いざ爾霊山へ!
歴史オタクの5人組が繰り広げる旅順・大連ドタバタ旅行記
(2002年4月6〜8日)


 [第1章]大連空港に降り立った我ら5人組。

 大連空港に降り立ち、丁寧(ていねい)ちゃんという可愛らしい名前の平らな顔をしたガイドさんに先導されながら、現地の旅行会社が用意したバスに向かって歩いていた。
 するといかにも中国人という顔をしたオッサンが、僕らに何か手渡すではないか。見ると安っぽい2色刷りのチラシで、オモテにはこう書かれてあった。

「スチュワーデスもいるし」。
「女子大生もいるし」。

 着いた瞬間にお姉ちゃんの営業をされるとは、たいそうな歓迎ぶりである。しかし日本語は妙である。「・・・もいるし」というのは、わざわざ中国までやってきた日本人たちに少しでも親近感を持ってもらおうとそんな口調にしているのか、それともうちの店は単にスチュワーデスや女子大生だけやないで、ほかにももっと色んなお姉ちゃんがいるんやで、そんでもってあんなことも、こんなこともできるんやで、という深い意味があるのかどうかは分からないが、とにかく日本語が妙なのである。
「サカモトくん、こんなキャッチコピー書いてたらアカンで」。
 ヒグピー氏に言われて、「すいません。精進します」と、僕は答えた。
「やっぱり野郎5人だと、オンナ目当てで来てると思われてるんだろうなぁ」。
 と健兄さんが言った。そして続けてこう言った。
「でもスチュワーデスはちょっとええな」。
 健兄さんはだいだい看護婦とかスッチーとかの制服系に弱いのだ。
 しかしオンナ目当てと思われるのも無理はない。ここ大連は観光というにはあまりに何もないからだ。たいていのパックツアーは、大連と旅順がセットである。そして、大半の旅行者は旅順に行くことを目的とし旅順には日露戦争の戦地跡を見るために行く。
  僕らの目的ももちろん他の方々と同じ戦地跡観光である。
 会社でアジア雑貨通販サイトを運営しているので、行く前に雑貨サイトの店長から中国に行くなら茶器とか中国茶などを買い付けてきてと頼まれたが頑として断った。そんなことに気を取られていては本来の旅の目的が中途半端に終わるかもしれないからだ。旅はあくまで歴史好きの一個人として行くのである。店長に「それでも社長ですか!」と、言われてもそんなことは問題にもならないのだ。
 ▼丁寧ちゃんと健兄さん。
 それはいいとして、まさかこんな若者風情が、日露戦争の史跡を見るためにわざわざ大連および 旅順に来るとは、中国4000年の歴史でも見抜くことは難しいだろう。実際、僕らの年代の日本人がここ大連に来ることも珍しいはずだ。だからという訳でもなく、中国人のオッサンは来る日本人には誰かれなく「スチュワーデスもいるしチラシ」を渡しているはずだ。
 そして、大連工場新設のための視察を目的としてやってきた機械部品工場を経営する頭のハゲ上がった社長とその幹部連中のオッサン社員たちは渡されたチラシを見て、
「ホンマにスッチーなんかおるんかいな。眉唾もんやでぇ」。
 と一瞬いかにも興味なさ気を装いながら、しかし夜もふけてくると。
「ヒマやしだまされたと思ってさっきのチラシの店でも行ってみよか。まぁどうせスッチーなんかおる訳ないし嫌やったらすぐ帰ってきたらええやん。これも視察の一部やんか」。
 とかなんとか言いながら店に吸い込まれていき、エロトークを炸裂させているオッサン連中を僕は容易に想像することができた。

 ところで、ビジネスマン愛読書ランキングで堂々のトップを張り続けている司馬遼太郎の名著『坂の上の雲』をご存知だろうか?今回の旅のキッカケでもある本だ。描かれているテーマは日露戦争で主人公は愛媛は松山出身の秋山兄弟と詩人正岡子規だ。意外にも秋山兄弟と正岡子規は幼なじみで特に弟の秋山真之とは無二の親友でもあった。
 そしてこの秋山兄弟はそれぞれ陸軍、海軍とその働きどころは違っても日露戦争の勝利に大きく貢献した。兄の秋山好古は日本で始めての騎兵隊を率いてロシアのコサック隊を悩ませ、弟の秋山真之はロシアの強力艦隊に対する全ての作戦を考え出した。日本海海戦では、野球で言えばランナーを一人も出さないような完全試合というカンペキな勝利を導き出した人物でもある。
 そして、その「坂の上の雲」でも多くのページが割かれている旅順での戦いは同じ日本人として涙無しでは語れない壮絶な戦いの場であった。その旅順の総司令官だった乃木希典の名前は後世にも残り、東京の乃木坂は乃木将軍にちなんで付けられたものだ。しかし、戦後のもてはやされ方とは違って、実際の旅順での戦いは、そのあまりに愚鈍な指揮官ぶりによって苦戦による苦戦を強いられ、およそ6万人もの日本人がこの地ではかなく死んでいったのだ。
 僕はそういった場所には目がないチョー歴史マニアだ。旅の行き先はほとんど全てが歴史に関わる場所であったり戦地跡であったりする。国内では行きたい場所はだいだい行っていたが、海外ではハワイ・真珠湾だけだったので前々からぜひこの旅順には行ってみたかった。そして3ヵ月前にこの「坂の上の雲」単行本全8巻をまるでオールスター出場かW杯出場みたいだが3年ぶり3度目に読み終え、『日本人として一度はその地を訪れなければならぬ場所への歴訪ツアー(海外編)』の第二弾として選んだのがここ旅順であり二百三高地だったのだ。

 まあややこしい話に入り込む前に、まず野郎5人組を紹介しなければならない。僕のほか3人はうちの社員だ。まずはトミーズ健と瓜二つの健兄さん。制服がやたら好きな男だ。ちなみに彼は投稿系にも目がない。
 次は、自衛隊が3度の飯と同じくらい好き!間食も大好き!という自衛隊マニア“豆タンク”だ。彼は、給与と休日のすべてを自衛隊に捧げており全ての自衛隊に関わるイベントには必ず出没するという男だ。最近ちょっと体型が豆タンクに似てきてる。
 フランケンは20代半ばとは思えない落ち着きぶりでよく僕と一緒に居るとどっちが上司か分からないと言われる。そして同じ靴を“履くため”と“観賞用”に2つも買ってしまう程のシューズフェチでもある。
 唯一社外の人であるヒグピー氏は、ギャグのセンスはダウンタウンの松本級と言っても決して言い過ぎではないほどの笑いの天才だ。彼のボキャブラリーの豊富さは目を見張るものがある。広告代理店に勤めておりこの旅の2週間後に社長に就任するのだが、現在は取締役営業部長兼クリエイティブ室室長!というやたら長い肩書きを持っている。クリエイティブ室室長だけあって服装もオシャレだ。
 前に健兄さんがヒグピー氏のスーツ姿を見て、
「さすがオシャレですねぇ!」と言ったら、ヒグピー氏は
「いやいや寝間着みたいなもんやから」。
 と訳の分からんこと言っていたがそれは今の話とは関係ない。
 ところで僕にとっては念願の旅順であったしそのツアーに興味を持って参加してくれた人が居るというのは本当に嬉しい限りだったが、こんなバカ社長とその企てに付き合うその一行を客観的に考えてみるとヘンテコであることは間違いない。しかしいくら僕が好きだと行っても首に縄を付けて来た訳ではない。つまり歴史好きは僕だけではないのだ。健兄さんは何年か前に既に「坂の上の雲」を読んでいたし、その他多数の本を僕に薦められるままに読んですっかり洗脳されていた。フランケンも行く直前に「坂の上の雲」を僕から借りて読んでおり、結局「買います」。と言って文庫本8巻をすべて買っていた。
 しかし、あんまりにマニアックな集団過ぎて怖がられるかもしれない。日本に帰って旅順に行ってきました!二百三高地で涙してきました!と言うと仕事がこなくなるかもしれないので、この旅行の本当の目的はごく限られた人だけに伝えることにしょう。
 とは言え僕の知り合いには類は友を呼ぶで歴史マニアが多い。他にも行きそうな人にいろいろメールで誘った。結局都合がつかず5人でということになったのだが本当にそういう人が多い。旅立つ前にも元上司で現在大手広告代理店D社に勤める方からはこんな励ましのメールを頂いた。

飛行機で行くのは反対する。
やはり連合艦隊で臨むべきではないだろうか。
急ぎ、須磨に係留されているプレジャーボート三隻を灰黒色に塗り、
艦橋を作り、12サンチ砲を搭載する事を進言する。
なお、旗艦には司令長官公室を忘れないよう。
陣形は単縦陣で行くように。

 ありがたきお言葉である。
 バスの中では、中国人のオッサンにもらった「スチュワーデスもいるしチラシ」を誰が持っているかで健兄さんとフランケンがモメていた。僕は暇そうにしているヒグピー氏に、
「関空で買った『星野仙一猛虎革命』もう読み終わったので読みますか?中日時代のチームメイト田尾安志が星野監督の選手時代の話から書いているので面白いですよ」
 と言った。すると、結局フランケンのカバンの中にチラシを押し込め少し誇らしげな健兄さんが、
「どんなこと書いてあった?」
 と聞いてきた。僕が真面目に答えようとすると、すかさずヒグピー氏が、
「それ最後死ぬんやろ」
 と、得意の延髄狙い打ち回し蹴りギャグをかましてきた。
 延髄狙い打ち回し蹴りギャグとはヒグピー氏得意の技で、予想もしない場所から予想もしない場所に、突然回し蹴りを食らったような衝撃のあるギャグのことだ。
 その回し蹴りをモロに食らった健兄さんは、腹が痛い!と言いながらバスの中をのたうち回って笑い転げていた。ヒグピー氏のギャグは衝撃があり、さらに後に引く。一通り笑い終えた健兄さんだったが、しばらくしない内にまた思い出してこみ上げてくる笑いに耐えていた。
 ヒグピー氏は他にもいろいろ技を持っている。そういえば、関空で朝飯を食べている時に聞いた話にも、全員が打ちのめされて大爆笑になった。
 ヒグピー氏が後輩の財布の中から免許証を取り出しナメ猫の写真を後輩の顔写真の上に貼り付けてまた財布に戻していたらしい。しばらく忘れていたが、ある日、後輩が血相を変えてヒグピー氏に詰め寄ってきた。聞けば、郵送物引き取りの際に郵便局で免許証の提示を求められ、何の気なしに出したら自分の顔がナメ猫だったという話だ。

 ヒグピー氏の話術と独特の間にかかると、我々はたちまち腹が痛くなる。
 そうこうしているうちに、丁寧ちゃんの流暢な日本語でのガイドをBGMにバスは大連市内に入っていった。



[第2章]歌をせがむ中国娘。

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