フジヤマ ミッチー 爾霊山 グゲゲ 幸福な 背番号 異常 Cafe


このエッセイはKiss-FMの番組のために書いたもので、1995年8月から10月頃まで放送されたものです。



Cafe de SEISHIN

 彼はクラブの先輩だった。その日はたまたまいつも一緒に帰るゆり子が休んでいたので、先輩と二人で帰ることになってしまったのだ。西神中央駅からの帰り道、素敵だな思っていた先輩と肩を並べて歩いている自分が信じられなくて、浮足立っていた。きっと、 胸を押さえるとドキドキいってるんだろうな。そんな事をぼんやり考えながら歩いていた。
「コーヒーでも飲んでいく?」
 頭の中が真っ白になってしまった。えっもしかして私に言ったの?
「俺こう見えてもコーヒー入れるのだけはうまいんだぜ。もちろんインスタントコーヒーだけど」
 先輩は真直ぐ前を見ながらそう言った。彼の入れるコーヒーなら何だっておいしいわ。私は素直にそう思いながら、先輩の後についていった。
 彼の家に入っていった時の私の顔って、きっと真っ赤な色をしていたんだろう。アイスの方がいいかなぁ? そう言われてやっと我に返った。彼のお母さんは、想像してた通りとても優しそうで、いつも彼がくつろいでいるだろう居間へ 案内してくれた。これも想像してた通り、やっぱり彼の入れてくれたコーヒーは、今まで飲んだどんなコーヒーよりもおいかった。
 10年経った今でも、あのコーヒーの味が忘れられない。あの冷たいアイスコーヒーを飲むたび、というより、あのとってもおきの高校時代の思い出を思い起こそうと、私は冷たい冷たいアイスコーヒーを入れる。



Cafe de ROKKO ISLAND

 あなたは昨日も付き合いだとかなんとか言って午前様。新婚当時は私のためにって上司の誘いも断わって早く帰ってきてくれてたのに。結婚も3年目ともなると、仕事だ付き合いだって私のことなんかそっちのけ。それも最近なんて飲みに行って出来上がってから電話くれるんだからもう本当に頭にきちゃう。それでいつも帰ってくるなりコーヒーって、どんな思いで待ってるか人の気も知らないで・・・・・・。
  「おまえのコーヒーを飲むと、ほっするよ」
 いつもあなたはそう言って、私の気持ちをはぐらかしちゃう。あたりまえよ。選びに選んだコーヒーだもの。それもちゃんとあなた好みの分量を知って入れているんだから。 照れ家のあなたの、ほっとするっていう言葉が、ありがとうって意味だってこともちゃんと分かってる。ちゃんと分かってるんだから。でも、ごめんなさい今日インスタントコーヒー切らしちゃたのって言えば一体どう言うのかしら。おまえの顔を見るとほっとするよ。それにいつもありがとうって素直に言ってくれるかしら。年柄もなく照れながら、ちゃんとそう言ってく れるかしら。でもいいのよ。いじわるしてコーヒー切らしたなんて言わない。あなたの気持ちは私が一番分かってるいるし、コーヒーを通して、あなたの気持ちが伝わってくるだけで、それだけで十分よ。
 私があなたのために入れたコーヒーを飲んで、ぐっすり休んで下さい。



Cafe de SEISHIN

 うちの親戚はみんな神戸の人ばかりだから、昔からお盆でも正月でも、帰省ラッシュなんて全然関係なくて、逆にテレビの混雑ぶりなんかを見ると遠くへ帰る人をうらやましく思ってしまう。だから近い分、いつも集まりがよくて、主人が長男の私は結構大変。 主人のお姑さんに、主人の兄弟。そしてその子供たちと総勢15人。いつも全員揃ったところでコーヒーを入れるのが例年のきまりで、これが大仕事。 ホットコーヒー派と、アイスコーヒー派。年々数が違うし、砂糖もミルクもたっぷりだった子供が急に『私はブラックで』なんて言い出すもんだから、毎年全員に聞いて回って、ウエイトレスさながらメモして回る。カップは、これは喫茶店じゃないんだから、ちぐはぐな様々なカップを集めに集めて勘弁してもらう。ホットとアイスは少し分量を変えないとおいしくないし、子供と大人の味もちゃんと変えてと、コーヒーにはついこだわってしまう私は、思った以上に時間がかかってしまうので、これは喫茶店さながら無駄な動きをしてられない。それに去年はブラック派のお姑さんに、間違って砂糖を入れてしまって大顰蹙(だいひんしゅく)。今年こそは慎重にかつ敏速に。努力が実ったのか、今年はおかわりが多くて、うれしいながらまたまた大仕事でうれしいやら、なにやらだったけど、みんなが飲み終えたたくさんコーヒーカップを洗っていると今年も全員無事に集まったなって実感が湧いてくる。遠くの親戚より近くの他人なんて言葉があるけど、私ならこう言うな。
(遠くの親戚より近くの親戚)って。
 そしてみんなで飲むとコーヒーもいつもに増しておいしいって。



Cafe de SHIOYA

 私は、神戸に生まれて本当によかったと思っている。
 今こうして淡路島を望みながら小高い丘の上の芝生に座って、家で作ってきたアイスコーヒーを手に持っている瞬間、こんなに幸せな時間をくれる場所って私の知っている限りそうないから。
 嫌な事があったって、辛い思いをした時だって、いつもここに来てぼぉーっとしてると、もうそんなことどうでも良くなってきてしまう。
 いつも悠々とそしてどっかりと腰を降ろしている淡路島や、自由に気ままに進む船たち、そして瀬戸内海からの心地良い風に当たりながらなんとも言えないゆったりとした時間に包まれていると、生きていく自信が湧いてくる。
 特に私のお気に入りの時間は朝。
 いつもより少し早起きして、『ちょっと行ってくる』。
 そう言って、2杯分のアイスコーヒーを入れた水筒を肩からぶらさげて、私しか知らない秘密の道を登っていく。一週間ぶりに最愛の彼に逢いにいくような気分だ。
 少し繁った道から一気に視界いっぱいに広がるこの瞬間はとても言葉では表現できない。
そう、例えるなら繁みの中から、突然満面の笑みを浮かべた彼が抱きついてきたような瞬間。その彼の愛に十分に応えるように、ゆっくりとその景色を眺める。
 そして、私も淡路島のようにどっかりと腰を降ろし、ほっと一息ついたら下げてきた水筒から、アイスコーヒーを注いで一口づつゆっくりと喉を流していき、その一口一口、込み上げてくる喜びに浸っていく。十分喜びに浸りきったら、次は2杯目。今度はその喜びを明日からの活力に変えていく。そうして最後の一口を飲み干す時、いつも、こう思う。
 神戸に生まれて本当に本当によかった。



Cafe de ROKKO

 例えば、とっても機能的で、デザインセンスも良くって、しかも手頃な値段の水筒を見つけたとする。いつも外に出かけると言っても街中ばかりで、たまに遠出をしても、自動販売機ですませてしまうような私が、
 「これから行楽シーズンだし、家にばっかりこもっていないで、たまには手製のお弁当を作って、自然を満喫しなきゃ。そのためにはぜひ水筒が必要だわ。うん。それに水筒があれば、大好きなコーヒーを好きな時に好きなだけ飲めるし・・・・・・。うんうん。それに・・・それに・・・・・・」。
 やたらと想像力が働いて、自分を納得させるような勝手な正当な理由を考えてしまう。あぁいつもの悪い癖。
 それでいつも、あれだけ膨らんでいた私の得意の想像力も、一週間ためにためた家事とか、仕事で疲れ切った体とかの、現実という壁の前でいつもしぼんでしまう。本当に私の悪い癖。そんなことでは、膨らんでは消える私のたくましい想像力に 、申し訳がない。そう一念発起した私は、無理やり友人を誘って、ピカピカの水筒に大好きなコーヒーを一杯に詰めて、ハイキングに出かけた。
 ハイキングの結果はと言うと、私の遥かなる想像力も確かに素晴しいけど、それを実現した時、自分で入れたコーヒーをぶらざげて行って、自然の中でそのコーヒーを飲むということも、中々素晴らしいものだった。
 これを教訓に、さらに想像力に磨きをかけよう。と決心した私であった。



Cafe de MAIKO

 煙草の匂いと、コーヒーの香り。
 それが私の思い描いていた大人の世界だった。
 高校の時によく行った友人の家のお姉さんは、私たちより五歳年上で、大学生だった。友人の部屋へ上がる時の、そのお姉さんの部屋から時おり匂う、えも言えぬ匂いと、その友人の部屋で飲むほろ苦いコーヒーの香りが入り交じった一種独特の雰囲気を感じて、あぁこれがオトナの 世界なんだと、妙にドキドキしてた。
 たまたま休日に友人の家で出会うと、お姉さんはちょうどデートに出かけるところらしく、日頃見る顔とはまた別の、オトナの女性の顔になったりして、私もあと何年かすれば、ほろ苦いコーヒーを澄ました顔で飲んだりして、 あんなオトナの女性になるんだわなんて想像してたりした。
 そして憧れの大学生になった。少しは化粧をしたり、デートをしたりしているけど、あの友人のお姉さんみたいなオトナの女性になんか全然なっていない。やっぱり煙草も吸えないし、苦いコーヒーを飲んでも苦そうな顔になるだけで、 コーヒーは砂糖もミルクもいれなきゃね、なんて思っているからだろうか。
 いやそんなんじゃない。淡い青春の中で、ただ単に大人の世界に憧れていただけなんだ。
 そうそう簡単に年をとったからって、中味は変わらないんだよね。



Cafe de ASHIYA

 生まれた家は比較的裕福だった。父親が某大手企業の重役で、芦屋の中でもわりと大きめの家に住んでた。そのせいもあってけっこうぜいたくに育てられた覚えがある。欲しいものはたいていは買ってもらってたし、親から怒られたような記憶もほとんどない。
 学校の成績も良かった方で、中学、高校はテニス部で、高校の時にはインターハイにまで出場させてもらった。学校はずっと憧れていたミッション系のスクール。あの眩しい、真っ白な制服に袖を通した時は本当に嬉しかった。
 大学を卒業してからも、縁故で一流企業に内定が決まり、その会社で知り合った人と2年付き合って結婚した。
 相手は、私より3つ上の先輩で、営業の成績はいつもトップクラス。ルックスも抜群だったから、結構女性社員に妬まれていたかも。
 結婚してからは、彼もスポーツ万能だったから、週末になるとテニスをしたりして過ごしてた。そんなこんなしているうちに子供もできて、都心のマンションから郊外の一軒家に引っ越した。子供は彼に似た可愛い子で、 親の手を煩わすようなことはほとんどと言っていいほどなかった。
 振り替えって見ると私の人生って本当に幸せで、こんなに幸せでいいのかと悩んだりしてしまう。よく友人に、あなたって悩みがないことが悩みじゃないのって言われていたくらい・・・・・」。

 そんな人生だったらいいのになぁ、なんてコーヒーを飲みながらぼぉーと考えてしまう私でありました。そりゃそんな訳ないよね。



当時はちょうど震災の時で、なんでもかんでも仕事をやっていた時のもの。コーヒーが必ず出てくることと、神戸での話し。というのが唯一決められたテーマ。最初の2・3コは割合すぐ出来たのだが、毎週締め切りがあってかなり苦労した思い出がある。しかも、最も不得意とする軟弱な書き物だったので、その苦労は2乗していた。当時の原稿料が確か1本2万円だったかと思う。今思うとよくまぁこんなたくさん書いたものだと我ながら呆れてしまう。



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