【半ドン】



半日で、仕事や学校が終わること。

[語源]

この半ドンの、語源は2つあると言われている。

[オランダ語説]

 オランダ語の休日とか休みを表す“zondag(ゾンダク)”という言葉がある。日本は、オランダやポルトガルと古くから貿易をしていたので、この言葉が入ってきたと言われている。
 博多どんたくの“どんたく”も実は、このオランダ語のドンタク(ゾンダク)が語源。
 つまり半ドンというのは、昔は仕事も学校も土曜日は昼までやっていたので、半日ドンタク(半分休日)が縮まって半ドンとなったという説だ。


[号砲説]

 1871年(明治4年、廃藩置県が実施された年、鳥羽伏見の戦いから3年後)の9月9日に正午に号砲をならす制令が施行された。
 正午になると大砲を「ドン」とならす制令だ。
 当時は、まだ、腕時計とかが、非情に高価な時代で庶民は時計を持っていなかった。なので、外にいる人などは、お昼の時間が解らない。そこで、大砲で空砲を撃ってお昼を知らせていた時代があったのだ。
 当時の人々はこのことを「ドン(牛砲)」と言っていたらしい。土曜日が、午前中で終わっていた時代は、ドンが聞こえたら仕事や学校が終わるので、半ドン(半日ドン)と言われた、という説だ。





【首をあらって待っとけ】



[現代の意味]「覚悟しとけよ!」とか「覚えとけよ!今に見てろよ!!」。

[語源]

 語源は、武士の死際の作法から。
 斬首や切腹の際の介錯といった首を斬られる死に方の際には、前もって首を洗い、きれいにしておくのが武士の嗜みとされていた。
 つまり、「首を洗って待ってろ」というのは、「命をもらいに行くから、覚悟しておけ」身を清め切腹する覚悟をしておけ!という意味だ。
 最近はあまり言わないか。





【師走(しわす/しはす)】



[現代の意味]師(お坊さん)が走るほど忙しい月?

[語源]

 色々な語源説があるが、一番主力なのは、当て字説。

 十二月(シハス)には 沫雪降ると 知らねかも 梅の花咲く含めらずして

 と万葉集にあり、また、「十有二月(シハス)」と日本書紀にある。ということからして、万葉・記紀時代には数字で書いて「シハス」と読み、「師走」とは表記していなかった。つまり、昔から十二月をシハスと呼んでおり、「師走」は後世の当て字であることが分かる。でも、この「師走」というのを当て字にしたのは、結局、師(お坊さん?先生?その他)が走るほど忙しいからということだろう。
 ちなみにこの当て字が使われたのは元禄元(1688)年以降だそうだ。(家光の息子・四代将軍徳川家綱の時代)





【一富士・二鷹・三茄子 (なすび) 】



[現代の意味]初夢で見ると良いとされるモノ。

[語源]

家康説/富士山を見て、鷹狩りをし、ナスを食べるのが家康のお気に入りだった。それゆえ徳川家康の好きな物を並べたということ。

高いもの説/駿河の国の"高い物"というものを並べたという説。ナスも駿河では値段が高いから。

成功説/富士山は日本一の山、鷹は一番強い鳥、ナスは"成す"、成功に通じるからという説。

 これもあくまで説。





【踏んだり蹴ったり】



[現代の意味]重ねて被害を受けるさま。

[語源]

 戦国時代に、あるモノを、誤って踏んだり蹴ったりしてしまった武士が、織田信長に切腹を命じられるという事件があった。
 南蛮渡来のものが好きだった織田信長はその武士に「珍しい紅茶の茶葉の塊を踏み、さらに蹴るとは何事ぞ」と烈火の如く怒鳴りつけたといわれている。
 このとき、この武士は「私も紅茶を楽しみにしていたのに踏んだり蹴ったりで切腹とは散々だ」と時世の句を残し、ここから悪いことが重なることを「踏んだり蹴ったり」というようになった。
 あくまで説。





【天王山】てんのうざん



[現代の意味]勝負を決する大事な場面や時。勝負の分岐点。

[語源]

 これは京都府南部、乙訓(おとくに)郡大山崎町にある山のこと(名神で京都に行くときトンネルがイッパイあって、いっつも渋滞してたところ)。
1582年の山崎の戦いで、天王山を先に占領した豊臣秀吉軍が、織田信長を本能寺で殺害し、天下を収めようとした明智光秀軍を撃破したことから、以来、[天下分け目の戦い]、という意味で使われている。



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