diary

February 25, 2011

たまげた人

リアルな場で、現実に
こんな人と出会うなんて思いもしなかった。
というか、狭い神戸にこんな人がいることが
驚きだった。凄すぎる、強烈すぎる・・・。


旧知の友人から、
「仕事で絡みそうなので、ぜひ紹介したい」
と前から言ってもらっていて、今週やっとそれが実現して、
お会いできた方なのだが、

その方は、年齢は一つ下で、
神戸に拠点を置いている、
従業員100名ばかりいる会社の社長。

なんというか、
ある意味真っ正直というか、
赤裸々というか・・・
仕事もプライベートも、
目指すところはシンプルではあるのだが、
いろんな場面でそれをとことん実践しており、
その徹底ぶりが凄いって感じだろうか。
それも世間ではチョー不マジメ的なことを
チョーマジメにやっているのだ

なかなかオブラートに包んだ表現しか
出来ないのが残念だが、なにせ凄い。マジ凄い。

来週もまた神戸で、
今度は昼間にお会いする予定。
昼間の顔も楽しみ。


その方とは別に、
今週も、約10年振りにお会いする方との飲み会があり、
奇遇にも同じ店で、これまた久しぶりの後輩たちと会ったり・・・。

で、来週は、図らずとも
久しぶりにお会いする人との飲み会ウィークになる。
今度は東京ヴァージョン。

6年振りの人や、8年振り?の方。それに、途中ちらっと
お会いしたことはあるもののちゃんと会うのは、約16年振り!
って人との飲み会もある。

8年振り?の方は、
このブログの書評を見て、
「この著者、知り合いなんで紹介しましょうか?」
ってわざわざメールをくれた。
その著者の方とはぜひ一度お会いしたかったので、
すごい繋がり方するなぁ!って非常におったまげた。

いずれにせよ、楽しみです。


skmt | 13:46 | diary | Comments(0) | トラックバック(0)

February 14, 2011

(パート3)はおあずけ

[振り返って(パート3)]は
なんだか書き出すと際限ないような気がして、
また、そこで書こうと思っていた内容は、
本当にこれからやりたいビジネスの話になるので、
それを実際にスタートさせて見て貰う方が
いいかなと思い、とりあえずおあずけにしようかと思っている。

ただ、
キーワードとして上げた、

・シニア
・日本

がリンクしたものであるこは間違いなく、
あるいはそこに「教育」的要素を加え、さらに
あともう一つ「農業」も付け加えていければ
自分的には言うことないなぁと思ってる。
ただ、「農業」は、

昔からこのブログにもよく書いていた
将来の「自給自足」の暮らしの実践に向けて、
そろそろ具体的に動いていきたい
といった感じなのだが・・・。


今年のテーマである

「繋がる」

は、去年の春頃から、もっとも口にしている
言葉かもしれないが、本当にいろいろな方と
話をしていると出てくる言葉だった。
そして、それは今もずっと続いている。

想いと想いが繋がり、
人と人が繋がる。

本当にそれを実感する。
想いを描けば、その想いに
どんどんといろんな人が繋がっていく。

しかし、本質的には、
元を辿ればすべては
最初から繋がっていたんだなと思うし、
それをもっとちゃんと意識しないと
いけないんだろうと思う。

世界は無駄なく繋がっている。
すべては無駄なく繋がっている。

先のキーワードもそう、
すべてが繋がっていくと思う。

(今大阪に居るのだが、凄い雪・・・)

skmt | 16:24 | diary | Comments(0) | トラックバック(0)

January 06, 2011

あけましておめでとうございます。

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。


今年の年末年始は
関西でのんびりと過ごした。

気の置けない友人たちとの忘年会や、
もう10年以上続いている、元R神戸支社
制作チームだったメンバーによる
忘年会(通称:轟沈会)も例年通り開催され、
旧知の仲間たちは本当に良いなぁと、
しみじみ感じた年末だった。


で、年が明けて・・・

改めて言うまでもないが、
去年は本当に激動の年だった。

正確に言うと、去年(は)、
ではなくて、去年(も)であり、
激動は3年前からずっと続いているのだが、
年が明けてそれも一応、区切りがついたように感じている。

言うなれば、次のステージへ進むための
準備がすべて完了したといった感覚だろうか。

で、どうする、何する、などの詳細は、
[振り返って(パート3)]として
改めて書くつもりだが、
まずは来年のテーマはこれ。

2011:繋がる

これの詳細も、
[振り返って(パート3)]に関連するので
そちらで詳しく書く予定。

後、プライベート編の
今年の予定というか目標としては、
(二度目の)富士山登山と、ホノルルマラソン完走
というのがある。
(ちなみに一度目の登山記はこちら

富士山登山は、
ある方から、登りましょうよとお誘いを受け、
最初は躊躇してたものの(二度目だし)、
自分も段々と本気になってきて、
いろんな場所で、いろんな方に
「登るんでご一緒しませんか?」と声を掛けたら、
皆行きたいと言うので、またしても、
かなりの大人数になるかもしれない。

ホノルルマラソンは、
いつかは走ってみたいと思っていたものの、
富士山登山と同じく、冗談で行きたいよねと
ある方々と言っていて、これまたそのうちに
段々本気になってきたというパターン。
こっちは年末の忙しい時期だから、
なんとも言えないのだけど、出来れば本当に行きたい。

あと、熊本にも行きたいし、
韓国グランプリも行きたいし、
ベトナムかタイに行きたいし、
一昨年の香港に引き続き、
おっさん社長たちと行く
お笑い珍道中旅行も敢行したい。

とにもかくにも今年は、

気心知れた、価値感の合う、
一緒に居て楽しい、話をしててワクワクする人たちと
繋がって、無理せず、見栄張らず、余裕をもって、
自分らしく生きたいと思っております。

今年もみなさんよろしくお願いします。

skmt | 17:43 | diary | Comments(0) | トラックバック(0)

December 25, 2010

振り返って(パート2)

新たな可能性を探し求めて
会社を合併してみたものの、

結局、答えを先送りしただけだったし、
他の誰でもない、自分自身が答えを探し出さなければ
本質的な問題解決などなし得る訳がなかった。

結局、合併してからの約1年半は、
そのことを痛切に感じた期間であり、
そういう意味では、自分を見つめる良い機会でもあった。

そして、結果的に再度会社を設立したのは、
外的な要因に後押しされたことが最も大きかったが、
自分のやりたかったことがなんとなく明確になり、
応援してくださる方々に励まされて、ちょっと無謀かな?
(でも、きっとなんとかなるさ)と思いながらも、
(今しかない!)と直感の赴くままに、役員を退任して、
再び独立して会社を設立した訳だ。

ではやりたかったことは何か。
それは前回にも書いた通りだが、

もっと実態のある、
誰かのための役に立てるような
そして自分しか出来ないようなこと。

それを実践するためには、
自分が生まれてきた使命を知り、
その使命の通り生きることしかないと思うのだが、
そのためには、嫌なことをやるのは論外だが、
得意なことをやるのでもなく、自分が本当にやりたい
好きなことをやれば良いのだと分かってきた。

やりたい仕事を、
もう少し具体的に書くと、
日本と世界を繋ぐ仕事であり、
シニアの方々が幸せ暮らせるために
いろいろとお手伝いしていく仕事だ。


日本と世界を繋ぐ仕事の
具体的なイメージはこうだ。

まず発想の原点は2つ。
自分が日本人であるということ。
そして、日本には世界に誇れる
素晴らしいモノ・コトがたくさんあるということ。

日本では、高度成長期とともに拡大した
「便利さ」や「(モノの)豊かさ」という思い込みで
自分の身を守り、弱さや不安を覆い隠してきて
「本当の幸せ」に気付くことを忘れていた。

しかし、こういう状況になり、
経済はいつも右肩上がりで、給与は増え続け、
世界は成長し続けるといったことは幻想だと分かり始め、
物質的な満足や消費することの満足が幸せではないと
気付き始めた。そんな今だからこそ、その
「本当の幸せ」を知る大きなチャンスが来ている。

また、企業は、グローバリズムという名のもと、
海外マーケットに目を向け始めているが、
日本ではマーケット拡大(経済拡大)が望めないから
外需で補おうという発想ではなく、

いまこの時代、世界でも稀少な日本の良さである、
きめ細やかなサービス&ホスピタリティや、
こだわりを持って物作りに取り組む姿勢や、
成長という概念とは違う、精神的な豊かさの本質を
理解する心を海外に輸出して欲しいと思うし、
素晴らしい日本の良さを、
もっと世界の人に知って欲しいと思う。

なぜなら、自分は日本人だから。
韓国人に生まれていたら、
きっと韓国のことを考えていただろうし、
それはどこの国に生まれようが同じ話だ。
まず、自分を愛し、家族を愛し、
自国を愛することからしか始まらないからだ。

もっと言うと、自分が日本人だからということを
差し引いても、日本って本当に素晴らしいから。
(その素晴らしさを上げればキリがない程ある)

だから、日本と世界を繋ぐパイプ役を
担えるような仕事をしたいのだ。


そしてもう一つがシニアを対象とした仕事だ。
実はこちらの方がずっと本当にやりたかった仕事で、
そう思い始めたのは5・6年前くらい前だったと思う。


パート3につづく・・・・。

skmt | 02:38 | diary | Comments(0)

December 22, 2010

振り返って(パート1)

さてさて、
年の暮れだ。

なのでちょっと振り返ったりしてみたい。

1996年に会社を創業し、2000年法人化。
2008年に会社の神戸部門を北海道と東京の会社とで合併。
同じく2008年に、東京部門を基軸に別途新会社を立ち上げたものの、
やむなくすぐに売却。そして、今年2010年の6月末に(合併した)
前会社の役員を退任し、また新たに会社を作って今に至っている。

結局独立して、14年もの歳月が経ち、
本当にいろんなことが経験ができたのだが、

今思うと、やはり「いま」と「これから」のために
この14年があったような気がしてならない。

いろいろな経験をすると、
おのずと自分の志向や価値感が浮き彫りになってくる。
中でも14年間の中で、よくアタマに浮かんできたことは、

「世の中に役に立っていると、もっと実感できる仕事をしたい!」

ということだった。

企画やデザインやコピーを考えることも
クライアントにちゃんと向き合って、
様々な提案をしていくことももちろん好きだった。また、
それによってクライアントに喜んで頂いたりすることで
とてもやりがいを感じていた。

しかし、違和感を感じ始めたのはいつ頃だっただろうか。

本来はクライアントに主たる目線がいかないといけないのに、
社員が増えてくると、社員のために稼がなきゃ!と
金を稼ぐことにが目的の主になってしまっていたり・・・、

結局って我々の仕事って、世の中に
何か商品やサービスやノウハウを提供していく仕事でも、
何かを問うていく仕事でもなく、今だから誤解を恐れずに言うと、
なんかこれって虚業なんじゃないか?と思うことも多くなっていた。

だからか分からないが、
もっと実態のある、誰かのための役に立てるような
そして自分しか出来ないような仕事がしたい!
と思い始めていた。たぶん最初の創業メンバーだけの
仲の良い人だけがいた時期を終えた2004年か2005年頃の
いろんな社員が入り始めた時期からそう思い始めていた。

そしてまた同時に、悲しいかな、
最初に創業したスーパーエディションでは
もっと実態のある、誰かのための役に立てるような
そして自分しか出来ないような仕事が出来るようになるとは
とうてい思えなかった。

なぜなら、その時点で、もっと具体的かつ明確に
これがしたい!ってのが社長の自分になかったからだ。
なのに、社員を養っていかねばならないこの苦痛・・・。

だから、この現状を打破し、新たな可能性を探し求めて、
合併というリスキーな道を選択したのだ。

しかし、今更な話で
自分でもよく分かっていることなのだが、

答えを先送りしても、
答えを自分以外の誰かに求めても
結局、何も変わらないのだ。
いや、結局、何も変わらなかったのだ。

パート2につづく・・・・。

skmt | 00:03 | diary | Comments(0)

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